鈴かめ寄席

先日、稲取の民家で寄席が行われると聞き出かけてきました。築百年以上の古民家、鈴木さんのお宅です、屋号はおかめさん。鈴木さんのおばあさんは明治のころバターを築地に卸していたそうです。ハイカラな方だったんですね。ご親戚には指物師で超有名な前田南斉さんもおられ、その方の作品がこちらのお宅に残っています。

鈴かめ寄席、8月4〜6日、落語の他にマジック、法話や稲取の歴史講演なども行われました。プログラムのお一つだけの参加もでき、しかも無料です♪ 今年で三回目になるそうで、初めてこちらのお宅におじゃまをしました。鈴木さんはカウンセリング研究会「くりのみ」の主宰者でもあり、興味のある方はHPをご覧になってください。くりのみとは、カウンセリングの色々な考え方や、日本を代表する親鸞・道元の著作を通して、人間(自分)についての理解を深めるところ。くりのみHP


鈴かめ寮 
静岡県賀茂郡東伊豆町稲取444-2(鈴屋の隣) 歴史を感じさせる石門です。


前田南斉(1880〜1956)江戸指物の巨匠、明治のころ海外で行われた万国博覧会で数々の作品が展示をされました。日興証券の創立者の遠山元一氏の母の邸宅(現遠山記念館)の家具をすべてあつらえた事はあまりにも有名です。写真は南斉作、鈴木邸の欄間、投網のイメージでしょうね。船の帆も見えますね。

 
、主催者の鈴木新太郎さん 、オリンピック開催中にもかかわらず、地元の方も集まってくれました。

 
、お笑いマジックのアタチ稔さん・・・トランプカードのマジックや何も入っていない袋から折り紙の入ったケースがたくさん出てきました。
、翁家小三馬さん・・・落語の演目は「八五郎出世」殿様に嫁いだお鶴の兄、呑兵衛な大工の八五郎のお話。

お次は稲取の歴史、郷土史研究家の岡田善十郎さんのお話「江戸と稲取の関係」です。
江戸城に始まり、大坂冬の陣では稲取は徳川の兵糧を運送し、元和9年には将軍上洛の際のための橋を船で作りました(舟橋架設)。その後、漁法の進歩で漁獲量が飛躍的に増え、稲取の港は大変賑わった。生の食材を運ぶ船「押送り船」の進歩により江戸市場との関係も深まった。などなど・・・大変興味深い1時間のお話でした。下の動画はその中の江戸城のお話になります。

 

いまから四百年前江戸時代の頃、徳川家康は江戸城の拡張工事を諸大名に命じました。特に伊豆半島の真鶴から稲取までの東海岸では伊豆石と呼ばれる硬い安山岩からなる石山が豊富にあったため、諸大名は藩の取り潰しをおそれて伊豆へこぞって人夫を送り、築城用の巨石を切り出し、それを運ぶ石積み船の造船も行われました。所領石高10万石につき、「百人持石」(人夫が100人がかりで運搬した石)が1120個だった・・・慶長9年だけでも約6万個の巨石が運ばれました。この江戸城建設の大事業は慶長9年(1604)から30年後の寛永13年(1636)までかかる。石船も次々と建造され海上は巨石を積んだ石船で賑わいました。

稲取を始め東伊豆町では切り出された巨石がたくさん残されており、中には大名の刻印が刻まれているものもあります。毎年9月頃には当時の石曳きを再現した「お石曳まつり」も行われています。


鈴かめ寮では今回の催しは三回目になります。また来年が楽しみです。ありがとうございました。

  • comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログへ 人気ブログランキングへ
    ランキングのご協力お願いしま〜す。ポチっと押してね♪

Comment:
Add a comment:









Trackback:
http://blog.naoshi.main.jp/trackback/335
 
CALENDAR
CATEGORY
COMMENT
本棚
ARCHIVES
LINK
TRACKBACK
PROFILE
MOBILE
SEARCH
OTHER

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.