もう一つの下田街道、伊豆東浦路

そういえば、10月21日に行われたゆったり湯めまちウォークの記事がまだ途中でしたね。「吉田松陰が駆け抜けた古道、東浦路を歩く」熱海市網代駅〜伊東市宇佐美駅編です。ずいぶん間が空いてしまいました。思い出すのが大変かも。
興味のある方、前回の記事はこちらです。10月23日の記事
 

ガイドは伊東自然歴史案内人の方達です。伊東は人口も多いし皆さん関心が高いですね、ガイドのみなさんも熱心だし、参加者も多い!

先月21日「東浦路を歩く」熱海市網代駅〜伊東市宇佐美駅編の続きです。
網代駅から出発し住宅街の坂道を上り、みかん畑を過ぎると崩れそうな狭い山道になり、参加者およそ80名が長い1列になって慎重に歩きました。なかなか一人では行かれないような道でしたね。さらに別荘地を抜けて、大島茶屋跡からナコウ山へと向かい頂上付近の石丁場でお昼を食べました。

 
ナコウ山の頂上は広い場所がなく木立がうっそうとしています。全員がとどまるスペースがないのですぐに下山をし街道へと戻りました。


石丁場があるナコウ山へと寄り道しましたが、右が元来た大島茶屋、左が宇佐美駅方面、左へ進みます。

 
馬を供養するために作られた馬頭観音、頭の上に馬が乗っています。

 
吉田松陰になったつもりでやっぱり座りたくなりますよね〜。いくら急いでいたとはいえ、この石を見ればちょっとは休んだに違いない。

 
一根三種和合の木・・・なんとも不思議な木。

 
山道はそろそろ終わり・・・。

 
天然記念物のホルンの木と比波預(ヒハヨ)天神社。地元では「お天神さん」と呼ばれて親しまれている神社です。


「延喜式」、延長5年(927年)にまとめられた全50巻から成る律令の施行細則を記載した書物。この古い、ふる〜い書物の中の神名帳に記載されていた由緒ある神社です。建物はもちろん建てなおされているのでしょうが、遥か1000年も昔からここに神社があったということです。このあたりでは縄文時代の土器も見つかっており、太古の時代から人々はここをよりどころとしまた神聖なところでもあったのでしょうね。
祭神は加理波夜須多祁比波預命(カリハヤスタケヒハヨノ)・・・舌を噛みそう。


 
神社を後にし街中を通って宇佐美駅へと向かいます。

 
宇佐美では江戸城築城石がたくさん出土されており、街中に展示をされています。案内板もあり、誰もが気軽に歴史に親しむことが出来ます。築城石ウォーキングいいね!!

 
しっかり刻印も残っている。

先月21日「東浦路を歩く」熱海市網代駅〜伊東市宇佐美駅編の続きでした。前回の記事はこちらです。10月23日の記事

伊東自然歴史案内人のみなさま、お世話になりました。眼が治ったらまたよろしくお願いします。


いまから四百年前江戸時代の頃、徳川家康は江戸城の拡張工事を諸大名に命じました。特に伊豆半島の真鶴から稲取までの東海岸では伊豆石と呼ばれる硬い安山岩からなる石山が豊富にあったため、諸大名は伊豆へこぞって人夫を送り、築城用の巨石を切り出しました。
私の住んでいる東伊豆町でも築城石がたくさん残っております。毎年、お石曳きイベントも行われ、最近稲取駅前には石曳き体験ができるふるさと広場もできました。

今年9月に行われた石曳きイベントの記事はこちら 2012年第5回夢市広場
東伊豆町郷土歴史研究家の岡田さんの話(動画)はこちら 鈴かめ寄席

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