県庁へ

実は、静岡県庁へ行って来ました。何のために行ってきたかと言うと、農業振興のために知事が毎年優れた農業者などに認定証書を授与します。その認定式に参加して来ました。県によっていろいろあるようですが、静岡県では農業経営士、青年農業士、指導漁業士、指導林家、青年林業士、農山漁村ときめき女性などです。私も認定証書をいただいてしまいました。
静岡県の世帯数は毎年増え続けているのに対し農家数は激減しています。過去30年で、農家数は半分、農業就業人口は3分の1に、耕地面積は7割り、産出額は3分の2に・・・。農家の高齢化も深刻です。2010年の60歳以上の高齢者の割合は74%にもなるそうです。とても深刻・・・。
産業としての農業を維持するためには、農業経営をきちんと立て直し、農業の担い手も育てなければなりません。認定されることによってそれぞれの分野での誇りが喚起され意欲的な活動へとつながる・・・ということですね。各分野での勉強会や様々な取組への支援などもあるようです。

えっ、「にわか農民」の私はどの分野かって?農山漁村ときめき女性・・・このネーミングだけでも抵抗があるのに、優れた技術や感性を持ち、指導的役割を果たしている人・・・う〜まったくもって人違い。まあ〜まわりの農家の人は皆忙しいので、中途半端な私にお声がかかったのであります。せっかくだから少しでも勉強をし、「ときめき」での活動を時々ブログで紹介していきたいと思います。

 
熱海で新幹線に乗り換えです。同じ静岡と言っても伊豆からは遠いよー、朝6時頃家を出てきました。交通費は往復約1万円!自腹です、ほとんど収入のない私にはかなり痛い出費。、静岡駅に着きました。一人で、しかも電車で来るのは初めてかも、県庁を目指します・・・

 
県庁なんて大きい建物だろうからすぐわかると思いきや、駅の周りは高いビルばかりで見当たらない、そりゃそうだハハハ・・・、近くのビルの警備員さんに教えてもらいました。う〜ん、あれね。、こ、これは「お掘り」のようですね。


とにかく近くへ行ってみましょう。

 
駿府町・・・そうか、駿府城があった場所なんだどこから入るのかわからないけど近くの橋を渡ります。


掘りと言い、立派な石垣です。修復はされているのでしょうけど、これらの石垣はほとんど当時のままだと思われます。

徳川家康は将軍職を秀忠に譲り、駿府に移り住みました。慶長12(1607)年,家康は、輪郭式で石垣を廻らせた三重の堀を持ち、本丸の北西には5層7階の勇壮な天守を配置した城を全国の大名に命じて(天下普請)築城させました。
家康在城時の駿府の町は、江戸と共にいわば2元政治が行われていたため、政治、経済の中心地として大いに繁栄していました。家康の死後、城主となった忠長が改易されると駿府城は城代の管理となります。寛永12(1635)年の火災により天守等の殆どの建物が焼失し、櫓、門等の建物は再建されますが天守は再建されませんでした。以後江戸時代の駿府城は、建物の規模も次第に縮小していくこととなります。
明治時代になると、歩兵34連隊の誘致に伴い本丸堀は埋められ、三ノ丸は官庁や学校などの公共用地となりました。戦後、本丸、二ノ丸部分は駿府公園として整備され,巽櫓、東御門の復元もされ一般に公開されています。 (静岡市のHPより

駿府城跡は現在駿府城公園となり、復元された巽櫓(たつみやぐら)の中には、駿府城の絵図や復元資料、駿府城関連の出土品などが展示されているらしい・・・とても興味があるけど見に行く時間がありません。

 
中央にある本館、古い建物ですね。、静岡懸廳、静岡懸議會・・・ここで県議会が行われるのですね。

 
会場は西館4階、9時10分から受付、認定式は10時半からなのですがリハーサルがあるため早めに会場に入らなければなりません。



リハーサルの後、認定式が始まり川勝知事の挨拶がありました。

静岡県は農産物の生産品種が多く、野菜、果樹、花、水稲など4品目の合計では全国第1位。日照時間が長く水も美味しい、多品種、高品種が健康の元、県産地消で健康寿命日本一に・・・そして自然の恵みを生かし健康で美しいし静岡を目指しましょう〜。皆さんは第1次産業の名人、次世代を担う若い人の指導、女性の励ましなどを期待をします・・・


式の間、写真は撮れませんでしたが、最後の記念撮影にはしっかり撮りました

 
 
認定証書を授与された方々です。頑張ってください・・・って、私もか

 
認定式の終了後は昼食を食べながらの交流会と合同研修会などがあり、静岡県の農業の現状とこれからの取り組みとして、農業のビジネス経営、耕作放棄地の解消、就農希望者への支援など事例を紹介しながら説明があり、今日の予定は終了。

さて、また時間がかかるのでどこにも寄り道をせず帰宅です。駿府城公園は気になりますがまたの機会にでも寄ってみたいと思います。
来るときは一人で少々不安でしたが、帰りは「ときめき女性世話人」の方と他地区の「ときめき女性」と早速知り合いになり道中いろいろな話を聞くことが出来ました。
あ〜この日はなにかと勉強になった一日でした。

県のサイトはこちら ふじのくに農山漁村ときめき女性ポータルサイト

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2013.01.09 Wednesday 07:55

富士山本宮浅間大社

富士山本宮浅間大社

富士宮には富士山本宮浅間大社があったんですね。原田先生のお宅に行く途中に浅間大社の大きな鳥居を発見して嬉しくなりました。全国の浅間神社の「おおもと」ですから、こりゃ〜寄ってみないわけににはいかないねー。



浅間大社の御神体はもちろん富士山、富士山の八合目から上は浅間大社の地所(境内)だそうです。へ〜初めて知りました朝6時半、まだ暗いうちから一人で散歩に来てみました。カメラの性能がいいのか、暗くても感度バッチリ。

 
早朝なので参道に並んだ出店はまだどこもやっていません。、流鏑馬(やぶさめ)ですね、頼朝の像でしょうか?建久4年(1193)源頼朝が富士の裾野で巻狩を行った際、当大社に流鏑馬を奉納し武運長久・天下太平を祈願したことから始まるとされています・・・800余年の伝統を持つ神事。毎年5月にこの流鏑馬が楼門前馬場にて行われます。

 
楼門です。社殿は慶長9年(1604年)に徳川家康の造営によるものである。寛永地震や安政の大地震などで崩壊した建物もあり、現在は本殿・拝殿・楼門が現存している。 (ウィキより)

 
こちらは拝殿です。静かな境内、参拝する人はまだまばら。二礼、二拍手、一礼・・・家族全員の健康を祈りました。



富士山本宮浅間大社 静岡県富士宮市宮町1-1 電話 0544-27-2002


境内でこんなものを発見!火山弾と南極の石。

 
 

境内で知り合ったお話し好きなおじ様、ここから歩いて50分くらいのところに住んでいて、お正月休み最後のこの日も家から歩いてきたそうです。中を少し案内してくれました。
 
境内の右手にある大きな木、触るとパワーがもらえる、樹皮にお金をさすと恋愛が成就するとか、上を見上げると合体している?なるほどね・・・

 
こちらは国指定特別天然記念物の湧玉池、富士山の湧水が湧きだしているそうです。今でもメダカがいて、昔はもっと大きなメダカがいたとか・・・

 
「ほら、ほら、こっち、見てごらん!」さらに奥へと行くと・・・突然変異の白いニジマスが泳いでいました。
 

拝殿前の境内では出初式が始まるところでした。先生のところで朝ごはんをいただくのでそろそろ帰らねばなりません。


帰りの近道を教えていただき「桜の時期は綺麗だよ〜」そうでしょうとも〜機会があったらまた来たいです!ありがとうございました。

 
映画「レ・ミゼラブル」を観終わって、夫と一緒にもう一度浅間大社にお参りしました。時刻は午後1時過ぎ、もうたくさんの人が繰り出していました。

 
お昼は讃岐釜揚げうどん丸亀製麺、全国展開しているお店ですね。店内は凄い行列

 
オープンキッチンにうどんを打つところが丸見えで、調理は完全分業制になっている。うどんのトッピングは自分で選んで取り最後にお会計をする、回転の速い事うどん、腰があって美味しかったです。ご馳走さま〜。



それでは、富士山をもう一度眺めて、帰路につくとします。

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2013.01.08 Tuesday 07:55

原田一雄先生のお宅にて

原田一雄先生のお宅にて

富士宮のイオンシアターで観た「レ・ミゼラブル」に感動したわけですが、富士宮へは夫の高校の時の恩師のお宅を訪ねることが目的でした。先生のお宅でおいしい料理をたらふくいただき、雄大な富士山を眺め、すぐ近くの富士山本営浅間大社にも寄ってきたりと、なんだかちょっとした小旅行をしてきたような感じがします。


伊豆半島の東側からは富士山はなかなか見ることが出来ません・・・だからやっぱり、この大きな富士山を目の当たりにすると新鮮な感動が湧いてきますね。

 
先生のお宅・・・とても立派なお家です。家のすぐ裏には川が流れている。清水川といって、このすぐ上に富士山の湧水が湧きだしている。水の温度は冷たく、1年中同じ温度で、澄み切った綺麗な川。養殖の鱒の稚魚が紛れ込んでくるのでなんとここで鱒釣りもできるとか・・・。

写真を撮らせていただきました♪

左側が夫の恩師の原田一雄先生と奥様、先生はもう学校は退職なさいましたが、夫の下田北高時代の担任でした。右に座っているのが夫の友達のH夫妻、弁護士さんです。私達と一緒に先生のお宅に招かれました。一番右は夫。

 
頃合を見計らって次々に素晴らしい料理を奥様が出して下さり、心のこもったおもてなしをしていただきました。恐縮です〜。、金目の姿煮、鍋ごと持ってきました。こちらもいい評判で良かった〜♪

 
めったに手に入らないお酒「十四代」、フルーティで飲みやすい!いいお酒っておいしいんですね、日本酒に弱い私もグイグイいけちゃいました〜。お酒を持っているのはH.S氏。いつもお世話になっています。、〆のお茶漬け。お酒も料理も美味しく楽しい話がポンポンと出て楽しい夜でした。

次の日の朝

寒いけれどすがすがしい朝、空には飛行機雲とレースのような雲が広がっていました。

 
朝ごはんもご馳走になりました。豪華な朝ごはん、なにからなにまで先生のご家族にお世話になりました。
、夫と原田一雄先生、先生は昔から演劇活動をなさっており現在は高齢者演劇集団「チャレンジャー」の演出も担当しています。次回の公演は2013年6月15、16日、富士市のロゼシアターにて、演目は「ファッションショー」詳しいことはこちらチャレンジャーHP

続く〜

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2012.12.15 Saturday 21:55

障害者福祉作業所の合同作品展

障害者福祉作業所の合同作品展

障害のある人たちの合同作品展に行って来ました。賀茂圏域にある作業所の利用者さんたちがみんなで協力し合いながら作った作品がずらりと並び、作品の販売もしています。毎年、障害者週間の12月に行われているようですね。


下田市民文化会館には大ホール小ホールなどがありコンサート、寄席や映画など様々な催し物が行われている。


会館内の小ホールにて・・・陶器や木工品、紙製品、手芸品、パンや野菜など多数の品物が勢揃い。作業所別にそれぞれ分かれていて、美味しそうなパンや完成度の高い素敵な小物も多数ありました。

こちらは下田にある生活介護事業所ワークあおぞら

ワークあおぞらには夫と大の仲良しのT君が通っています。今日はT君に誘われて作品展を見に来ました。

 
 
 
みんなで補い合って作品を作り職員さんが最後の仕上げをして商品になるそうです。素晴らしい作品ですね!ん〜この指輪物語いいよねー!

お次はワークショップ・マナ
 
、あじの開き鍋敷き、平成24年度静岡県授産製品コンクール静岡県知事賞を受賞しました。


ワークショップマナのパン工房空飛ぶうさぎで作られたパン、おいしそ〜!それにほとんどが100円なんです。

 
 
もちろん買いましたよ!パンもクッキーも美味しかった〜♪

南伊豆にあるあしたば作業所

伊豆半島最南端の南伊豆にあるあしたば作業所では主に農作物を栽培しています。
 
味わいある籠ですね〜。、佃煮は1パック100円です!

今日の主催者でもあるすぎのこ作業所、下田にあります。

 
、うちわに使われている和紙にはお茶のペーストが含まれているのでお茶の香りがするよ。
 

 

会場の入り口では東北被災地作業所支援コーナーもありました。

岩手の珍しい食べ物や被災者の方が作った作品を販売しています。作品は「ハンドメイドわくわくプロジェクト♪」で集まった材料で作ってもらったそうです。素晴らしい取り組みですね!あなたも被災地を応援しよう〜!

 
 

合同作品展は明日もやっています!

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2012.10.16 Tuesday 06:55

伊豆市、東京ラスクと狩の川屋

伊豆市、東京ラスクと狩の川屋

 伊豆市では
 ただ今選挙が行われております。
 K候補、頑張れ!
 
 
 
14日が告知日、私もビラ配りのお手伝いをしてきました。のどかな風景。

 
道端の花を愛でながら、道行く人とも話をしてきました。自然はいっぱいあるけど、若い人たちが居なくなり将来が不安、店がどんどんなくなり車を運転できないから買い物難民になりそうだと・・・。伊豆市もいろいろ大変な問題抱えてますね。選挙ではどうが良く考えて投票してください。


せっかく伊豆市に来たのだから新しく出来た東京ラスクに寄って来ました。

東京ラスク伊豆ファクトリー
静岡県伊豆市市山550番地
電話 0558-85-0232
営業時間 10:00〜18:00

 
、お店の前ではちょうど天城連峰太鼓の演奏が始まり、力強いパワーあふれる太鼓の演奏に魅了されました!毎月1回こちらで演奏を行っているようです。うちの町の太鼓演奏とは全然違うな〜。、やっと店内へ突入〜


うわ〜おしゃれなお店だ!かつてここは天城湯ヶ島町の役場だったそうです。合併により役場が縮小され東京ラスクになりました。

 
どうもこんなおしゃれなパッケージには弱いです、いっぱい種類があってどれを買うか迷うね。

 
実演コーナー、17分ほどで焼き立てラスクが食べられます。、工場の中がよ〜く見えます。

 
飲み物無料〜いいね! 、店内からも演奏を楽しむことが出来ます。

 お店の前にはこんなものも・・・
 黄金のシイタケ(足湯)

 
伊豆市はシイタケ栽培の発祥の地らしい。、シイタケとマドレーヌのコラボ・・・とっても珍しい、興味のある方は食べてみるべし〜。



狩の川屋
静岡県伊豆市門野原226-2
電話 0558-85-1792
営業時間 11:00〜20:00(お客様がいるときは延長します)
定休 水曜

 
お昼はルート414号沿いにある「狩の川屋」の鮎料理を食べる。国道沿いにある店って味はどうよーって思ったけど、なかなか美味しいお店でした。養殖鮎だけど輸入物は使っていません。いろいろ和食は作れるけれどこだわって鮎中心のメニューにしているそうです。合併して伊豆市になってから小さな店がなくなり、寂しくなった・・・いろいろ弊害があるそうです。ご主人がしみじみ話しておられました。

 
鮎の塩焼き定食1575円、美味しかったです。、座敷はちょうとバイクツーリングのお客様で満員でした。
当店は鮎の干物の元祖。他にも鮎甘露煮、鮎うるかなど取り揃えています。また、食事処にて自慢の鮎づくり20点、ズガニ、猪鍋、山海料理も楽しめます。宴会も受け付けております。(お店のチラシより)

 
ご主人のこだわりを聞いてから食べたのでなおのこと美味しかったです。いいお店に入りました。地方発送も行っております。ご馳走様でした〜♪
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2012.09.01 Saturday 23:22

千葉県佐倉市、順天堂記念館

千葉県佐倉市、順天堂記念館

お盆旅行3日目ー。

 
、前夜泊ったリッチモンドホテル成田。新しくてきれいなだけではなく、客室やホテル、細かいところまで高級感がありました。ちょっとリッチになった気分。
、朝食前に一人でホテル周辺を散歩。あぁ〜都会だー!!

 
そのまま、ホテルのレストランへ。まだ誰も来ていない、一番乗り。

 
バイキングです。更年期おじさんも来ました。朝から中年おじさんとおばさん食欲大!さあ〜てホテルをチェックアウトし、また1日目に通った佐倉に戻ります。

少し前になりますが、地方のいろいろなおもしろネタを紹介するTV番組「秘密のケンミンSHOW」で千葉県佐倉市が紹介されました。蘭学というと長崎のイメージが強いのですが江戸時代佐倉では蘭学がさかん行われ、いつの頃か「西の長崎、東の佐倉」と言われるようになったそうです。

幕末の佐倉藩主堀田正睦に招かれた蘭方医の佐藤泰然により、塾と外科の診療所を兼ねた「佐倉順天堂病院」が創設され当時としては最も最先端な医療が佐倉で行われました。明治に入り2代目佐藤尚中が東京に出て興した順天堂は現在の順天堂大学の前身となる。

静岡県東伊豆町では命に係わる重篤な病気または専門的治療が必要な場合などは、伊豆の国市長岡にある順天堂医院に掛かるケースが多いです。車で行くと1時間半はかかるので緊急の場合はドクターヘリが出動します。

順天堂は千葉の佐倉から始まったと言うことですね。
今は病院ではありませんが記念館として公開されているとのこと、こりゃ〜是非行ってみなくちゃ。

佐倉順天堂記念館
  
、佐倉順天堂記念館、始め順天堂は現在地の向かい、成田街道北側に開設されました。これに替わって15年後に移転、新築された建物の一部が現存します。、当時の頃の写真。


佐倉市本町81 開館時間9時〜17時 月曜休館 電話043-485-4335 入館料100円 写真撮影OK

 
お名前はお伺いませんでしたが、どなたかを待っていた係りの方が途中まで案内してくださいました。順天堂の順天とは「天道に従う」すなわち「自然の理に従う」という意味です。順天堂を興した佐藤泰然は実子を後継者とすることにこだわらず、医者として有能な人物を選んだとのこと。これが順天堂の発展する一要因になりました。

 
、当時の塾生の規則は大変厳しいものでした。ん〜歌もダメ、将棋や囲碁もダメ、外泊やお酒もダメ、ほ〜〜。、佐倉順天堂復元模型。診療棟が3部屋、東側には院長宅と離れ、奥には管理棟と病棟が廊下で繋がっていました。敷地内には他にも、塾舎や納屋、土蔵があり、かなりの設備を整えていました。
 
 
当時の手術道具。この当時全国的には麻酔薬を使って手術が行われていましたが、泰然は麻酔の安全性に疑問を持ち、患者の命が失われる危険性があると判断したため、あえて麻酔なしで手術を行いました。 ドキッ???

 
、こんなですか〜?う〜怖い〜!勇気ある人は拡大して見て 、もしかして、ギァー!これで!?失礼しました、薬を作る道具と書いてありました(汗)。

さてこうして順天堂は佐倉から始まったわけですが、幕末の藩主堀田正睦は佐藤泰然を招くなど西洋医学に力を注ぎました。
堀田正睦は元治元年(1864)に佐倉城三の丸御殿内で亡くなります。
佐倉城は明治6年(1873)、佐倉城内に陸軍の佐倉営業が置かれるようになると、城内の建造物は順次取り壊されてしまいました。
堀田の祖先は、もともと尾張津島(愛知県)の武士でした。戦国時代の当主堀田正吉が徳川家康に召し出され、その子正盛は、江戸幕府3代将軍徳川家光の側近となり、寛永19年(1642)には佐倉城主として15万石を与えられます。そして最後の藩主まで堀田氏は代々およそ145年もの長い間佐倉藩主を務めたのです。

そして次に見学したところは正睦の子供、最後の佐倉藩主堀田正倫の邸宅になります。

旧堀田邸

 
堀田正倫の邸宅、旧堀田邸は明治23年(1890)に竣工しました。東京深川佐賀町から居を移すため、旧領地である佐倉に屋敷と庭園を建設しました。現存する明治期の旧大名家の邸宅として数少ない貴重なものです。

 
 
 
とにかく部屋が多いこと多いこと写真にはなかなか納まりませんわ。

 
、見取り図、堀田邸は玄関棟・居間棟・座敷棟・書斎棟・台所棟・の5棟に分けられる。台所棟以外の4棟は建設当時の状態に復元されている。見て下さい!この部屋の数!!、昭和58年当時の堀田邸

時代はまた少し戻りますが、徳川幕府は佐倉を江戸東方の重要な拠点とし、佐倉に有力な家臣を配置しました。そして5代目領主として佐倉に入った土居利勝が7年の歳月をかけ元和3年(1617)に佐倉城を築きました。佐倉城は現在はその姿を見ることはできませんが、そのころに計画されてできた城下町の町割りは400年近い歳月を経過しても基本的には変わっていないそうです。江戸時代佐倉城のまわりには城下町が広がり武家屋敷が建ち並んでいました。佐倉市では当時の武家屋敷を移設復元し大切に保存しています。

武家屋敷
 

江戸時代の各城下町にあった武家住宅の大半は、藩の所有であり、藩士に貸し与えられました。藩士は職務内容や俸禄が変わると、それぞれの身分にあった住宅に転居するこになっていました。

 
裕福な商家や農家に比較して遊びの空間が少なく、ぜいたくな行為や生活諸般について藩から細かく規定をされていました。武士というと帯刀し威張っているというイメージですが、古文書をからは武人というよりも公用に追われ遠方まで出張に赴く事務官、まるで当時の一地方公務員のようだとか。

 
背筋をピンと伸ばし書物を読んでいる武士や土間で忙しく立ち働く武士の妻の姿などが目に浮かんでくるようです。質素倹約・・・つつましい生活をしていた様子がうかがわれます。

さあ、観光はこれにておしまい。両親の墓参りに行きます。
 
場所は房総半島の内房、実家はもうありません。丁寧に草取りをしお墓の掃除をしてきました。それでは帰路につきます。金谷から久里浜までフェリーに乗り西湘バイパスを通って帰りましたー。

湘南のあたり、車窓から富士山をパチリ!


読んでくれた方、お付き合いありがとうございました♪

お盆旅行の記事 千葉県香取市水郷の町佐原
            水郷の町佐原のつづき
            和郷園関連施設
            成田山新勝寺

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2012.08.28 Tuesday 14:50

成田山新勝寺

成田山新勝寺

さて、お盆旅行の記事がまだ終わっていません。一体何日かけて書いているんだか・・・。

更年期おばさん、千葉で青春を過ごしました。両親のお墓もあるし昔の友達もいます。今年のお盆は夫の親戚回りと私の両親の墓参りを兼ね、8月14日から2泊3日のプチ旅行に出かけました。どうせ行くならいろいろ見て回りたいし、昔の友達にも会いたくなりました。2日目の夜は成田市のホテルに泊まり、夜は旧友たちと久方ぶりの再会を果たしました!

成田と言えば成田山ですかね。チェックインするにはまだ早いので、成田山新勝寺へも立ち寄ります。家内安全、交通安全その他諸々・・・お正月には300万人近くの人が初詣に訪れる全国でも有名なお寺ですね。


成田山金剛王院新勝寺総門、総欅造り。高さ15m、桁行14.2m、梁行6.3m。

 

仁王門、国の重要文化財、1830年(天保元年)の建立。

 
大本堂 、お、境内の案内無料と書いてある、一千年の歴史を持つ成田山(天慶3年に開基)、国の重要文化財の建物が多い、時間があったらボランティアガイドをお勧めします。

 おおー、素晴らしい!
 境内の中に建つ三重の塔、1712年
 (正徳2年)建立、高さ25m。もちろん国
 の重要文化財。

 
、成田山では毎日護摩木祈願が行われています。祈祷に来られたお坊さん達、袈裟がとてもきれい。 、境内のお土産屋さん。


達磨たちもきれいだー!

 
成田山の参道にもいろんなお店が建ち並んでいます。

 おー、梅宮辰夫さん!

 
三橋哲郎商店・・・きっと三橋哲郎さんって方が創業したんですね。 

 
千葉はピーナッツの産地、箱だってピーナッツ型。、なごみ鯛・・・なるほど。

さあ、お次は旧友たちとの再会です。そわそわ、ドキドキ・・・取りあえずホテルにチェックインし身なりを整えます。しかし・・・どう逆立ちしてもおばさんにしか見えない、プレイバック青春!ハハハ・・・。

 
リッチモンドホテル成田、このホテルは大当たり!HPのように綺麗で清潔、どうやらまだ新しいホテルだそうだ。、ホテルは京成成田駅のすぐ側。ここで旧友たちと待ち合わせる。

 
何十年か振りの涙の再会を果たし、駅の近くの居酒屋「和民」へ。若い店員さんが一生懸命お店の「おすすめ」を勧めてくれたのでそれを注文。


まずは、乾杯ー!!それぞれに歳月が過ぎていきましたが、瞬く間に昔の友情が甦って来ました。夜が更けるまで楽しい時間を過ごすことができ、とても幸せでした〜。K子、R子また会おうね♪

続く〜、3日目は佐倉順天堂記念館へ行きました。
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2012.08.23 Thursday 17:15

千葉県香取市、和郷園関連施設

千葉県香取市、和郷園関連施設

毎日、暑いですね!容赦なく太陽が照りつけている外の景色を見ると、外出恐怖症になってしまいそうです。一歩外に出ると瞬く間に身体が溶けてしまうのではないかと・・・ハハハ、そんなバカな。
家の中だって決して涼しくはないけれど、頑張ってお盆旅行の続きを書きます。

二日目、水郷の町佐原を後にし利根川を渡って、和郷園関連施設へ向かいます。

三重県伊賀市にあるモクモク手作りファーム」、テレビで見ましたが素晴らしいところですね。農業の新しい可能性がたくさんある楽しい農園のようです。行ってみたいですが三重は遠いので、今回は、香取市内にある農事組合法人和郷園へ行って来ました。やはり新しいスタイルの(本来ある姿なのかも)農業を実践しています。TBS夢の扉でも紹介されました。


右を見ても左を見てもさつまいも畑が広がります。

 
、水田も多い。、また、さつまいも畑、他にとうもろこし、生姜、さといもなどなど根菜類が多い、やっぱり千葉は広い!新しい可能性を秘めています。

 
お腹が空いたので、農産物直売所とレストランがある「風土村」へ。畑、畑・・・風土村は畑に囲まれています。ランチバイキング1000円、地元の野菜が豊富にあります。連日ランチは大盛況らしい、夏休みのお盆ということもあり、さらに混んでいます。

 
お腹が空き々の更年期おじさんとおばさん、直売所を通り抜け真っ先にレストランへ向かいます。人でいっぱいです、他の方の迷惑にならないようにカメラを向けるのが大変。

 
、ガラス張りのテラス 、入り口付近のテラスではバーベキューもできる。本当は晴れていれば左のテラスの向こうにバーベキュー広場がある。

 
 
れすとらん「風土村」午前11時から午後3時まで。毎月第4土曜日はサンライズファーム絶品のハムが登場するそうです。熱々の大きな骨付きハムを目の前で切り分けてくれるそうです。残念ながら本日は水曜日・・・。和郷園で作られた野菜、それに地元で生産された野菜がたくさん並んでいます。地元の野菜が食べ放題で1000円は安い!

 
、食いしん坊なのです、とにかく色んな種類が食べたい!でも、中年のおばさんはすぐにお腹いっぱいになっちゃうのよね〜 、手作りのぶどうゼリーと変わったデザート、いろいろな餡をところてんのようなゼリーでくるんであり少し凍らしてあった。更年期おじさん美味い!を連発。

 
満腹のおなかを抱えて、今度は直売所をぐるぐる回ります。どんなものが生産されているのかな?

 
ぶとうにミラクルメロン・・・地元産!梨もいっぱいあった。

 
九重栗かぼちゃ、ほんとにホクホクで美味かった!えんぴつナス。生産者の方が居たのでちょっと話し込みます。皮が柔らかくておいしい、2等品もみんな商品になります、少量でも受け取ってもらえるので助かっているとか・・・。
他にもまだまだ、お肉やハム、さつまいも、こだわり卵やもちろん落花生も!写真が多くなるのであとはカットー!

 
、ナビを頼りに車を走らせ、ありました農事法人和郷園。和郷園は 「 農家が作ったものを再生産できる価格できちっと販売できる仕組みを安定的に成立させる 」 ことを目標にしています。生産した野菜は全て無駄がないように様々な工夫をしています。加工業にも力を入れ、野菜を冷凍できる工場もあります。この冷凍野菜、最近ではかなり人気があるそうです。
息子はいつだか農協関係で見学したようですが、誰もがいつでも見学できるような感じではなさそうなので写真だけ・・・今回はプライベートで来ましたし・・・。お次は和郷園が経営する貸農園ザ・ファームへ。、和郷園から車で約10分、ザ・ファームを発見。

  
、農園の事務所とは思えないような近代的な建物。、会員制 農園リゾート THE FARM 将来はこのようになるそうです。2012年宿泊コテージ14棟、クラブハウス建設、2013年にはレストラン、直売所、チーズ工場建設、2014年にはキャンプ場建設・・・。まさしく農園リゾート!

 
、事務所の中 、外はものすごい暑さです、誰も畑仕事はしていません・・・。


事務所の近くにバーベキュー広場があり、若い人たちが暑さをもろともせず盛り上がっていました。ここは会員でない人も借りることができるそうです。


誰もいないかと思ったら、事務所からスタッフの方が出てこられ、静岡から見学に来た私たちにいろいろと説明をして下さいました。
まず会員になると畑が借りれます。区画ごとに分かれていて、それぞれに水道もついています。農業を経験したことがない人でも、野菜作りができるようにスタッフがいろいろな相談に応じ、すべての管理もします(事務所は正月以外休みなし)。肥料や種や苗の準備や作付け計画もしてくれます。その人に応じて、最悪の場合でも収穫の時だけ来ることもOKだとか・・・。5坪タイプだと年額84000円(月額7000円)。農機具も借りられます。これらは全て会費に含まれています。5坪でも上手に植えればかなりな野菜が採れますね。ん〜7000円は高くないな〜! ずーと、この奥にただいまコテージを建設中です。

お次は成田 続く〜

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2012.08.20 Monday 08:05

水郷の町佐原のつづき

水郷の町佐原のつづき

伊能忠敬、日本中を実測して初めて正確な日本地図を作った人、あまりにも超有名で皆さんよくご存じですよね。
千葉県香取市佐原には忠敬が住んでいた商家が今も残っています。17歳で婿養子に入り傾きかけた商家を建て直し、莫大な富を築きあげました。
江戸時代の初め徳川家康の命で江戸を水害から守るため、利根川の流れを変える付替え工事が行われました。これによって荒川とつながって江戸に流れていた利根川は向きを変え銚子につながり、それまで房総半島をぐるっと回って江戸に入っていた東北の諸藩の船が、銚子から利根川を通り江戸に行くことができるようになりました。外房を回るのはとても難コースだったけど、これにより距離も短縮され航路もずっと安全になったわけです。こうして利根川の支流になる佐原の小野川にはたくさんの船が行き交い荷揚場や商家が建ち並び、商業都市として栄えました。貿易の中継地でもあったのですね。当時は酒造家だけでも三六軒もあったとか。
忠敬もここで酒業を営んでいました。今でも川沿いに屋敷が残っています。
忠敬は酒業にとどまらず、運送業、金融、薪卸、米や雑貨の売買、もちろん傾いていたとはいえ大地主だったようですから農地の経営などなど・・・すごいですね。子供のころから算学が得意で相当な秀才だったようです。忠敬のすごいところは、佐原はもちろん関東や東北、江戸などでも自然災害などの凶作や飢饉がおきると、自分だけではなく村内の資本家をも勧誘して救済活動をたびたび行っていました。救ってもらった人は後々忠敬の店から酒を買うようになったとか・・・商売の手腕に長けていました。また、騒動をなだめるのも上手かったらしい。人柄でしょうか。
忠敬は佐原にいる当時から村方役人として水利工事などに関係し、小区域の測量を行っていました。そして流行っていた暦学や天文学に興味を持ち、五十歳で息子に家督を譲り勉強をするために江戸へと向います。江戸へ向かった忠敬は幕府の天文方をしていた高橋至時(当時31歳)の門下生になり、五十五歳から日本中を歩いて測量する旅が始まります。天測によって緯度と経緯を決定することが地図作成の根本であるという考え方がやっと世の中の常識になったころでもありました。

北海道と東北、東日本を測量した時は幕府からのお手当てがほとんどなく、忠敬が自分の財を投げ打って行ったものでした。長男に家督を譲った時の家産は三万両だったとか、ちょっとピンときませんが、なんせ大変なものだったらしい。佐原時代があったればこそ、後の偉業が達成できたとも言えますね。

日本中を回ったわけですから当然伊豆へも来ています。1801年4月2日に江戸を出発して、江戸湾の西岸から三浦半島を回り、相模の海岸、伊豆の東海岸を測量しながら5月13日に下田に到着しました。伊豆の東海岸は断崖絶壁が多かったので非常に苦労したとのことです。城ヶ崎海岸でしょうか?いえいえ、伊東だけではありません、この辺一帯はどこも絶壁だらけですね!大変苦労をおかけしました・・・。
                          参考資料・・・今野武雄著「伊能忠敬」

伊能忠敬の映画がありましたね〜、調べているうちに映画を観てみたくなりました。「伊能忠敬を大河ドラマにしてほしい」という運動があるようです。もちろん、署名をしてきました。佐原の皆さん頑張ってください!

 
、伊能忠敬旧家 国指定史跡 小野川沿い、家の目の前にジャージャー橋があります。残念ながら3・11の震災により建物の一部が壊れ、中は見学できませんでした。復旧の見通しはたっていないとか・・・。よく見ると小野川沿いあちらこちらに工事中の家が見かけられました。重要建造物、修復するのにかなりなお金がかかるようです。大変です、何とかならないのかな・・・。
、川を挟んて旧家の反対側に伊能忠敬記念館があります。見学料は500円、安いですね。写真撮影は禁止。

さて、昨日はさっさーとしか見れなかった町屋や商家、今日は覗いてみましょう。

 
、中村屋乾物店 千葉県有形文化財 当時最高の技術を駆使して建てられた。壁の厚さが約45センチの防火構造で完成までに2年以上かかった(明治25年建造)。
、中村屋商店 千葉県有形文化財 安政2年建築 


 中村屋商店の交差点側の柱、隅柱を五
 角形にするなど工夫されている、見学で
 きた蔵の内部は現在修理中。


 
植田屋荒物店、明治26年建築(土蔵は明治初年)現当主で7代目になる。

 
植田荒物店の土蔵

 
正上 千葉県有形文化財 寛政12年(1800)に油屋を創業、建物は天保3年(1832)築、醤油製造を始める、明治初年に建築された袖蔵を含め建物はほとんど当初のままで、江戸時代の店構えを残している。

 
上をご覧ください。、正上の袖蔵(袖蔵とは・・・町家で、店脇に配される商品・什器の収納蔵。敷地の北または西に位置することが多く、主屋の防火壁の役割もなす)


三菱館(三菱銀行佐原支店旧本館) 千葉県有形文化財 大正3年建築、レンガを積み上げて建てられた明治の西洋建築。中は工事のため見学できません。これも3・11か〜。 

 
三菱館の隣が佐原町並み交流館になっている(中は三菱館とつながっている)。綺麗なお姉さま達が親切にいろいろ教えてくれます。駅の近くにも観光協会があるけど、佐原に来たならまずこの交流館に寄るべし。佐原の事が良くわかるし、無料で観光ガイドツアーもしてくれます(要予約)。

 
面白いものがいっぱいあります。     さすが元銀行。

 
観光案内のボランティアガイドの青柳さん。昔このあたり一帯はみんな田んぼで、青柳さんが小さい頃は水路がたくさんあり、落ちちゃったこともあったとか。、交流館のすぐ側の道路も昔は水路だったそうです。地元の方のお話は実感がこもっていますね。とても親切なおじ様、時間があったらガイドを申し込みたかった♪ 予約はこちら佐原町並み交流館HP

 
ほていや
 ん〜おいしそうな和菓子屋さんを発見 、お店の人気ナンバーワンの佐原ばやし、たしか買ってきたはずなのに〜いつの間にか更年期おじさんに食べられてしまった・・・だから太るんだよ!

 お店の奥は喫茶になっています。




 

さて、そろそろ佐原をあとにしますかね〜。利根川を渡ります。

 
ちょっとわかりずらいけど利根川と水郷大橋(たぶん)です。大きいですね。利根川の流れを変えた江戸時代の付替え工事って大変だったでしょうねー。

 
水郷大橋のすぐ近くに、利根川と横利根川をつなぐ水門がありました。横利根閘門(よことねこうもん)ネームがねえ・・・。


国の重要文化財、大正3年(1914)から大正10年(1924)にかけて造られた。利根川が増水し、洪水が霞ヶ浦に逆流しないように造られたそうです。当時日本人技術者のみによって建設され、今も現役だそうです。煉瓦造複閘式閘門と言ったほうがかっこいいかも。

続く〜

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2012.08.18 Saturday 21:15

千葉県香取市水郷の町佐原

千葉県香取市水郷の町佐原

皆さん、お盆はどう過ごされましたか?
私達は、私の第2の故郷千葉県へと出かけてきました。私の生まれ故郷は北海道なのですが、中学と高校時代は千葉(内房)で過ごし、両親のお墓もそこにあります。夫の親戚も千葉付近に何件かありまして、その親戚が新盆なので、今年のお盆は、親戚回りと両親のお墓参りに出かけてきました。
でもせっかくだから観光も兼ね、ちょっと遠回りをしたりして、いくつか観光地にも行って来ました。一日目親戚めぐりをした後、千葉県香取市水郷の町、佐原(さわら)へ、伊能忠敬の旧家があるところですね。二日目は農事組合法人和郷園風土村、和郷園が経営している貸農園ザ・ファーム、三日目は佐倉市の佐倉順天堂記念館、幕末の佐倉藩主堀田正睦の屋敷や武家屋敷などを巡って来ました。簡単ではありますが、いつものようにちょっとご紹介しますね。

第一日目、朝5時半に家を出発、熱海ビーチラインを通り真鶴を抜け東名を走り、まずは親戚のお宅へと向かいます。

 
海老名サービスエリアEXPASA内(上り)、しゃれたお店がたくさん入っています。おいしそ〜なものがいっぱいあってよだれが出ますが、旅はまだまだ入口、ここでは我慢々・・・。

 
、今回も息子の車を借りました(12万円の掘り出し物)。スバルのレガシィー、馬力もあるし遠出するには楽、ETCも付けてるから便利(割引料金になる)。
ナビの他に取締りレーダーの萌え萌え系のキャラクターも乗っている(5月3日の記事)。「カーブが続くよ〜私酔っちゃうかも〜」「もうすぐ合流ポイントだよ、譲り合いの気持ちでね〜」「取締りエリア内に入っちゃったみたいです」「事故多発エリアが近いよ、細心の注意が必要よ〜」「いつも私をかわいがってくれてありがとう〜誤解しないでね♪」「スピード超過です!私の必殺技、出ちゃいますよ〜」「このままのスピードだと、さよならイベントだよ〜」
わたしではありません・・・取締りレーダーのメイド服のかわいこちゃんです。ひっきりなしにお喋りしてくれます。うるさいから、萌え萌え系から普通バージョンへ切り替えると「わかりました、ひっこみます〜」だって。一人で運転する時は気が紛れていいかも。
、新しい中央環状道路、トンネルになっています。これで渋滞が減るらしい。

また、前置きが長くなりました・・・。



さて、埼玉市と佐倉市にある親戚を訪ね、お線香をあげさせてもらい、懐かしい話をたんまりとしました。上の写真は、佐倉の親戚の家のすぐ近く。佐倉にはこのような田園が多い。
佐倉をいったん後にし、この日は香取市の佐原(さわら)へ向かいます。途中、広々とした田んぼやさつまいも畑がたくさんあり、静岡とはまったく違う景色に感嘆します。

宿は佐原駅の近くのビジネスホテル朋泉。ん〜築何年かな?HPほど綺麗じゃなかったけれど、近くに大きなホテルはほとんどないせいか、利用客多かったです。
このホテルから、国指定の重要伝統的建造物がたくさん建っている町並み、水の郷さわらへは歩いても20〜30分かな。この町並みは利根川につながる小野川の両側にあり、利根川の船運で栄え、「お江戸見たけりゃ、佐原へござれ・・・」と唄われ、さながら小江戸のようだったそうです。佐原は、わが国最初の実測日本地図をつくった伊能忠敬が50歳まで暮らした地でもあり、小野川沿いには記念館もあります。忠敬は稼業を建て直し村の名主も務めました。

ホテルに荷物を置き、さっそく小野川へ向かいます。時刻は午後4時、あまり時間がありません。詳しくは明日も見るとして、まずは美しい町並みをご覧ください。



江戸優り、佐原の町並み
利根川の船運で栄えた商都佐原、その繁盛ぶりは「お江戸見たけりゃ佐原へござれ、佐原本町江戸まさり」と唄われたほどです。当時の大動脈だった小野川と香取街道沿いには、今も江戸・明治・昭和初期の町屋や土蔵、洋館などが数多く残っています。昔からの家業を受け継ぎ営業を続けている商家が多く、「生きている町並み」と評されています。(観光パンフより

 
、蕎麦処小堀屋本店別館(昭和4年築の旧千葉銀行佐原支店の建物)
、福新呉服店、文化元年創業の老舗(明治28年建築)千葉県有形文化財

 
 

通称ジャージャー橋(樋橋)昔はこのあたり一帯に田園が広がり、灌漑用水のための樋がここにかけられていた。ジャージャーとよく溢れたらしい。後に板を敷いて人が渡れるようになり、現在の橋は平成4年に架け替えられ、30分ごとに水が流され観光名物になっている。

 
 

更年期おじさんお腹もすいたし眠くなりました、ちょっと早いけど夕飯にします。

 
天保三年(1833)に創業、川魚問屋麻生屋です。、奥に居るのが更年期おじさん、まだ早い時間だったので空いていた。

 
名物、すずめ焼。昔、ある殿様が狩り出て、河原で焼いていた小鮒をすずめを焼いているものと勘違いしたという説と、小鮒を背から開いて串に刺して焼いた形が小枝に溜まって止まっているすずめに似ているという説があります。佐原では「麻生屋」がすずめ焼きの元祖、明治の中ごろから始めました。

お店の方が親切にいろいろな話をして下さいました。佐原では佐原の大祭が夏と秋に行われます。大きな人形を乗せた山車が夏に10台、秋に15台、繰り出されます。この祭りは関東三大山車まつりの一つに数えられ、国指定重要無形民俗文化財に指定されているのだそうです。お店のお兄さん、話にかなり熱がこもっていました。流石地元、佐原を愛してるんですね!機会があったら是非見てみたいです。

は〜お腹いっぱい食べました。ご馳走様♪ 
それでは今日はこれにて、おやすみなさい。 続く〜

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